プロに幻想を抱かないほうがいい
カタカタの時間がやってきた。
今日のテーマは決めていない。本日の出来事を書いてみよう。
客からすれば、プロが神経質なのは幸いである。
プロからすれば、客が神経質だと不幸である。
友人が突然現れた。彼はアポイントなく現れるのが常套手段となっているので、驚くことはなかったが、大抵はロクな用事ではないのである。
要件は愚痴話である。彼は最近車を購入したのだが、不具合だらけで腹が立っているのである。
中古の珍しい車である。外観の程度が良く一目見て気に入り購入したのだが、その後の販売店の対応が酷いというのである。
不具合を指摘すると、販売店はごねることなく修理をしてくれるのだが、直っていない。それが数度もつづき、挙句の果てに部品を取り寄せてから高額な工賃であることが判明したのだという。
納得がいかず懇意にしている修理屋に診てもらうと、交換しようとしている部品は問題なさそうだとのこと。故障に関係ない部品交換に、危うく高額な修理費を支払うところであった。販売店の対応は悪くなかっただけに残念だったとこぼした。
俺は一通り話を聞いてから、純粋な興味で尋ねた。
「そもそも、なぜ、その店の言い分を信用したの? 店の説明におかしな部分が多い。話通りなら販売店の過失も大きいし、販売店が外注している工場の腕が悪いと見破れたと思う。なぜなら、普通なら直ったかどうか十分に確認してからユーザーに納車するだろうし、工場は直した気になっているだけで、直ってないことにすら気がついていないようだからね」
彼はコーヒーカップを握りしめながら言った。
「それはね、販売店~工場とワンクッションあるせいで一回目は見抜けなかったんだよ。しかし二度目から変だなとは思ったのだが、まあ、プロだから任せておけば大丈夫だと思ったんだ。
いままでこんなに酷い店に当たったことがなかったから、まさかここまでダメなプロがいるとは知らなかったよ」
俺は深く頷きながら答えた。
「それはそうだね。例えば、トラブルに巻き込まれたら案件に強そうな弁護士を探すけど、その弁護士が有能かどうかは頼んでみないと判らないからね。
自分が専門ではない分野では、資格を所持したプロというだけで力量を信じるしかない部分がある。仕事を任せてからしばらく経たないと能力や技量が測れない分野もある。
だから知り合いに紹介してもらうのだが、運悪く必要な分野の知り合いがいるとは限らない。そうすると飛び込みで探すしかないが、当然ながら当たり外れがあるんだ。つまり、プロにもピンキリがある。プロだからといって幻想を抱いてはいけないんだ
自分の知るレベルを超えると、果たして技術があるのかどうか見破るのは難しい。そのプロがいう内容の真偽がその場で確認できないからだ。だから、ああ、そういうものかと信じるしかない。自身にとってブラックボックス以外の何物でもないものを扱えるというだけで優れていると思い込んでしまう、つまりバイアスがかかってしまうんだ。
よりよい決断をするなら、医療以外の分野でもセカンドオピニオンが必要だと思うよ」
我が意を得たりと膝を叩いて言った。
「プロにもピンキリある。その通りッ!」
「まさにそのキリのほうかと、一応自分でも工場の評判を調べてみたのだが悪くないんだ。高評価なんだよね。なんであの技術レベルで評判が良いのか不思議なのだが、実際にそうなんだ。
それに、そもそもリサーチしたところで意味がない。なぜなら、その工場と交渉するのは俺の仕事じゃない。販売店の仕事だ。要は、最終的に直ってさえいれば俺は文句ない。どの工場で修理したとか関係ないんだ。
最後に車を取りに行ったときになんとなく感じたのは、どうやら工場のほうが立場が上なような雰囲気だったんだ。外注先のほうが威張っているなんて奇妙な話だが、おそらく仕事を受けてくれる工場が少ないんだろうな。車が特殊だから」
「いくら特殊な車を扱っていても、応急処置レベルの修理すらできないのではな。人柄云々の前に技術力がないとね。
いい加減な作業していても仕事が途切れないから販売店ナメてんのか、マジで技術不足なのかは謎だけど、どちらにしてもユーザーの立場としてはこれ以上、その店に任せたくないよね。
これは俺の仮説なのだが、飛び込みで入った車屋がまともな確率は10パーセントしかない。10件に1件だ。当たりを引くのは運が良くないと難しい。まったく根拠となるデータはないが、俺の経験上、体感的にそんなもんだと思う」
「話を聞いてくれてありがとう。誰かに話さないとイライラしてね。だいぶ楽になったよ」
言いたいことを言ってさっぱりしたら、彼は嵐のように去っていった。
空になったコーヒーカップだけが虚しくテーブルに置かれていた。
畜生、俺の自由時間を奪いおって。
約1600文字 約1時間10分程度所要 初めてのダイアログによる記事である。
これは数時間前にあった実際の出来事である。
プロだと思ったから信用する。自身が専門家(スペシャリスト)として活躍している人間こそ、業種は違えど自分と同じプロとして見てしまう。
プロは職業として生業にしているというだけで、技術を担保するものではないにも関わらず幻想を抱いてしまう。とくに趣味性の強いジャンルに対しては、同好の士として信用してしまいがちである。
騙すつもりはなくとも技術が追い付いてないことがあって、悪気はないのは分かるが酷いよね、といった案件が割と多いのである。