文章練習

思いつくままキーボードでカタカタ

理不尽にたいする合理的な行動

真夏の殺意
 
アスファルトが溶ける暑い日のことだった。俺は2人の同級生と下校していた。汗で肌はベトベト、喉はカラカラで最悪の気分だった。
「暑いな」
「日陰すくねえな」
愚痴を言っても喉が渇くだけだ。しばらく黙ったまま、陽炎が立ち昇る道を歩き続けた。
「こんな日はアクエリアスだよ」
「あの自販機で買おうぜ」
俺たちは自販機の前に立った。中学の校則で下校中の買い物は禁じられていたが、そんなことは今日に限っては許されるだろう。しかも幸いなことに俺はジュース一本だけ買える金を持っていたのである。
 
つめた~い
自販機に並ぶ商品の清涼感あふれる文字を見ただけで救われたような気がした。
口の中はつばも湧かない程ベトベトしていた。はやく飲みたい。
俺は烏龍茶を買うことにした。さっぱりした甘くないものが飲みたかったのである。
まずは、キンキンに冷えた烏龍茶を額に当てて火照りを冷やすぜ。それから半分くらい一気飲みしよう。
「いまこの瞬間、俺の渇きを癒してくれるのはお前しかいない」
硬貨を入れ、烏龍茶のボタンを押した。
 
ガタン。烏龍茶が落ちてきた。もう額の冷却など後回しにして、一刻も早くタブを引いて中身を喉に流し込みたかった俺は、もどかしく烏龍茶の缶を取り出した。が、缶を掴んだ瞬間に地面に落としそうになった。
「熱チィ―」
烏龍茶の缶はチンチンに温まっていたのである。
 全く予想と違う事態が発生して気が動転し、狂ったように叫んだ。そのナチュラルな反応がリアクション芸人のようだったらしく、2人とも笑い転げた。
 
俺はキンキンに冷えた烏龍茶を飲む機会を裏切られたことと、なけなしの金を自販機に奪われたこと、2人に笑いを提供した無様さが頭の中で融合し、痛憤のあまり自販機を気が済むまで粉々に破壊し、同級生らが沈黙するまで殴り続けたい衝動に駆られた。
 
こんなくだらないことに怒気を発し殺意が芽生えたのは生まれて初めてだったかもしれない。
もし金属バットを持っていたら自販機の商品の並んでいる部分のアクリル板を叩き割っていたと思う。そのくらいブチ切れたのである。
 
温度設定のミスだとおもうのだが、真夏日に冷たいはずの飲み物がかチンチンに温まっている、これは重罪である。もう少しで殺人事件が発生するところだったのである。設定ミスした自販機の営業マンには猛省してもらいたい(するわけない)。
 
この流れだと、別の自販機で(同級生に金を借りて)買うオプションはない。たとえ脱水で死んだとしても、コケにされたからには金を借りるのは気に食わないのである。
 
全てのタイミングに悪意を感じるほどの出来すぎたシチュエーションに、なんらかの力が働いているのかと疑うほどであった。
もしかして、この自販機がヤバイのを知っていて、俺をわざと誘導したのか。
不信感で頭の中がいっぱいになってきた。早く家に帰って冷たい水を飲みたかった。もう、一時たりともこいつらと一緒に居たくはない。
 
熱くて持っていられない烏龍茶をその場に投げ捨てて、俺は憤慨して去った。
もし家に帰りつくまでに俺が脱水症状で死んだとしたら、自販機の設定を間違えた奴と同級生らのせいだ。
やつらに天罰が下って欲しいと歩きながら考えていた。
 
 
 
またしてもEvernoteより引用。
これは実話なのだが、フィクションでもある。
読んだ人それぞれに感想があると思う。
主人公が暗い、ものの考え方が独特で気持ちが悪い、逆恨みするから関わり合いたくないタイプなどが思いつく。
 
この話はすべてが理不尽なのである。
 
世間には、信じられないような理由で物を壊したり人を殺したりする事件がある。誰もが、そんな理由でと驚くような話である。そういう話はだいたいが理不尽なのである。
 
だが、状況によってはあり得るなと俺は思う。その状況なら、俺でもそうするかもしれない、と思わせるなにかがあるのではないかと疑っている。感情というより、ある一種の合理性としてである。それが理解できないのに、批判だけをするのはいかがなものかと思うのである。
先ほどの自販機事件の語り部の行動にしても、いっけん不合理に見えながらも、その立場、その状況においては合理的な行動であり、そうせざるを得なかった理由があると考えられる。
もちろん、同じ状況でも俺は違うよという人もいる。しかし、その瞬間的な状況だけではなく、過去からの流れも全て含めると変わるだろう。
語り部は、もしかしたら同級生のゲームに巻き込まれたのかもしれないと疑っている。行動を共にしているから友達のようにも思えるが、同級生としか書いていない。もしかしたらいじめにあっているのかもしれない。
 
君の批判は相手の立場を顧慮しているか
 
努力しても報われないタイプと、苦労せず結果をだしているタイプの人がいる。どうしても報われないタイプは物事をネガティブに受け取る傾向があるだろうし、逆なら楽天的に考える傾向もある。なので、いままでの過去の流れが重要なのである。
 
自分の立場でしか物事を受け取ることができない恵まれた人生を送ってきた人たちは、報われないのは努力不足だと切り捨てるのである。
 
 
ここまで1900文字 一時間10分所要。
かなり加筆訂正したので、ほぼ一から書いたようなものだった。むしろ手直しするくらいなら一から書いた方が楽である。
今回もテーマがぼやけて結論が見えなかった。ぼやっとした中、言いたいことを探り当て、結論付ける。なので、やや無理筋である。
 
とにかく言いたかったことは、理不尽に対しての理不尽な行動や感情には、その立場にならないと理解できないものがあるよ、ということである。
気の持ちようだとか、ネガティブ思考が悪いとか、そういう批判も勘弁して欲しい、ということである。
 
 
もちろん、行動には責任が伴う。犯罪行為をしても仕方がないと主張しているのではない。どんな理由にしても犯罪行為には反対である。俺がしているのは犯罪だとしたら情状酌量の話である。
 
上っ面だけキレイごと言っている人間が、実は最も人情に疎いのである。